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インデックス読書感想文 目次>阿佐田哲也



阿佐田哲也

タイトル 評価 一言メモ
麻雀放浪記 うなぎ∈(゚◎゚)∋ ギャンブル文学の原点にして最高峰
外伝・麻雀放浪記 うな あまり外伝という感じはしない短編集
ドサ健バクチ地獄 うなぎ 濃いい破滅ギャンブル話
ああ勝負師 うな ギャンブルエッセイ。普通。
牌の魔術師 うな いつもの麻雀短編小説集
雀鬼五十番勝負 うな いつもの麻雀エッセイ
東一局五十二本場 うな∈(゚◎゚)∋ ギャンブラーの末路を描いた珠玉の短編小説集
黄金の腕 うな いつもの。
ギャンブル党狼派 うな なんかホモ臭いけどいつもの。
ギャンブル人生論 うな エッセイかと思ってたら途中から小説に。
怪しい来客簿(色川武大) うなぎ 麻雀じゃないけどやっぱりいつもの。
ヤバ市ヤバ町雀鬼伝1 うな∈(゚◎゚)∋ 晩年でもいつも通り
うらおもて人生録 うな 優しすぎて怖い
百(色川武大) うなぎ 親子の奇妙な確執





  麻雀放浪記 全四巻  うなぎ∈(゚◎゚)∋

麻雀放浪記(一) 青春編
阿佐田 哲也
角川書店


 



若い頃ギャンブルで身を立てていた著者が、当時を大きく脚色して物語にしたてあげた青春文学のようなもの。


一巻、青春篇
巻数ばらばらで読んだんだが、うーん、シリーズの中では一番微妙。
この巻は一巻なだけに、麻雀の占めるウェイトが大きいのが原因か。
ぶっちゃけ、麻雀の部分はわりと適当に流していたので、そうなるとアレです。
でも、面白い。ちょっとドサ健がDQN過ぎるかなって気はする。


二巻、風雲篇。
こ、濃いい……
文章は軽妙すぎるほどに軽く、しかし中身は特濃。
これは上質のエンターテイメントだ。

キャラの立ち方が尋常じゃない。全員ろくでなし。そしていい男。
色男でも二枚目でもないが、むしろ不細工だが、ウホッ、いい男。
騙し騙されの斬った張った、詐欺師の集団のくせにカラッとしている。
もう意味がわからん。

それにしても、主人公がとことん負ける話だ。
いや、最終的には勝ってるみたいなんだが、勝ったあたりの描写は非常にうすいため、印象がない。よって負けっぱなしのように聞こえる。
そこがよい。おっさんの昔の自慢話みたいにならなくて。

二巻から読んでも支障がなかったのもすごいっちゃあすごい。基本的なキャラや設定はあらかじめ知っていたっていうのもあるが。
いわゆる傑作
それにしても、マガジンの『哲也』は、この作品のどこをどういじってどう解釈すればあんな作品になるのであろうか? 謎は尽きぬ。


三巻、激闘篇。
いやあ、良かった。
やはりこれは新撰組のような「最後の侍」の物語なのだな。
最後、主人公の技術、実力が、刃物と暴力に屈するくだりは、剣術の名人が鉄砲の前になす術もなく倒れる様にも似て、哀しい。
時代は変わり、純粋な賭博師なんてものの存在しない時代になった。その世の中でも、博打の中に身を置きたい、という思い。
最後、博打をはじめるきっかけとなったチン六と再会し、博打の中に身を置くためだけに安いレートでチンチロリンし続けるくだりは、いい話。


四巻、番外編。
疲れるなあ。
李億春というキャラの立ち方が壮絶だ。イカサマをやると広言してはばからないし、指は全部詰められてるし、バクチで負けたら、殺さば殺せと身を投げ出す。
玄人同士の身をすり減らすような麻雀だけを求める姿は、男らしいと同時に悲しく情けない。
ドサ健も良い。ことに最後の「哲よう」は泣ける。

しかし一番面白かったのは、主人公がカタギになった理由。
唐辛子中毒って、なんだそりゃ? 実体験なのかフィクションなのかわからんが、いずれにしろ素晴らしい発想だ。
ただ、まあ、番外編だなって感じはする。






  外伝・麻雀放浪記  うな

外伝・麻雀放浪記 (双葉文庫)
阿佐田 哲也
双葉社


 
短編集。
内容はいつものアレですが、特徴としては比較的男と女の話が多かったかな。
わりと面白かった。やっぱりエッセイよりも小説の方が良い。
印象的な文章もいくつかあり、特に

はじめは阿呆な奴だと思った(中略)何故そうなったのか、きまりきまった順序をふんだように離れがたい思いがきた

というのに考えさせられた。
愛情とはつねに不条理であるくせに、ありきたりな順番でやってくる。
ダメな女はダメな男にひっかかる。ダメな部分にひかれる。存外、同姓異性を問わず付き合いってやつは、優しいからカッコいいから趣味が合うから良い奴だからとかそんなんではなく、お互いのダメな部分同士が捨て難くてつながっていたりするのだな。

そんなことを考えてしまうような、ダメ人間のダメなつきあいを厳しくそして優しく描いた短編集だった。






  ドサ健バクチ地獄 上・下 うなぎ

ドサ健ばくち地獄 (上) (角川文庫 (5834))
阿佐田 哲也
角川書店


 



こ、濃いいなあ…… 鬼濃だ。なんだこれは。
破滅上等の博打博打博打。
金をドブに捨てたいとしか見えない行為の連発。
あらゆる人間が借金借金で首がまわらなくなり、それでもどうにかこうにか金を工面してはまたバクチして一瞬でスる。
賭場の主催側も含めて、どう見ても誰も得しているように見えないのがすごい。

ゴミクズのような人間関係。西原理恵子の「まぁじゃん放浪記」は、元ネタからは遠いんだろうなとわりと思っていたが、そうでもなかった。
麻雀放浪記はともかく、この話と「まあじゃん〜」は実はあまり大差ないかもしれん。
素人には大嘘ばっか教えてカモろうとするし、賭場にある金は全部自分の金だと思い込むあつかましさは両作の登場人物全員に共通している。
ことにバクチが麻雀から別のもの(チンチロリンや手ホンビキ)にランクアップしてから、壮絶な勢いで破滅していくのが同じ。
なんたって新入社員の月給が2万の時代に、一張り五万からなんだから、そりゃあ破滅もする。
上巻は傑作だと思うが、濃すぎるし疲れる。そんな感じ。

下巻は、うーん、微妙。
いや、悪くはなかったんだがな、最後の方、結局は賭博師同士の戦いになって、結局麻雀勝負だってのが残念。
玄人ぶった一般人が泥沼にはまって破滅していく姿がいかったので、最後の方は麻雀放浪記と同じノリなのが残念なのだ。いい味出してたキャラたちが途中から出番がなくなるのものう。

上下を通してみると、普通に良作。ただ慣れのせいか、下巻では上巻ほど嫌な汗が流れなかった。
オチ自体は、まあ順当なところ。それなりの終わり方。






  ああ勝負師  うな

ああ勝負師 (角川文庫 あ 4-6)
阿佐田 哲也
角川書店


 



エッセイのようなむにゃむにゃ。
うーん。エッセイだなあ。
世の中には色んなばくち打ちがいて、みんなろくでなしなんだなあ、という話。
感想っつっても、エッセイなので、俺なりにそれなりに。 変なハゲ親父でしたよ、という話。






  牌の魔術師  うな

牌の魔術師 (角川文庫)
阿佐田 哲也
角川書店


 



麻雀小説。短編集。
十ページ前後の話ばかりで、ちょくちょく拾い読みして、しかも同作者の似たようなエッセイ「雀鬼五十番勝負」も同時にちょくちょく読んでたので、どっちがどっちの収録作品だかわかんなくなっちった。

基本的には麻雀放浪記の一章程度にあたる小話ばかりで、いつものごとく、アレものでアレもの。
イカサマのやり方とか玄人のやり口には感心するしそれなりに面白いが、メインとなる話がないので、いまいち残るものがない。
面白いことには面白いんだが、足りない。
が、どうもわしは根本的に麻雀がそんなには好きではないので正当に評価できないかのう。






  雀鬼五十番勝負  うな

雀鬼五十番勝負 (角川文庫)
阿佐田 哲也
角川書店


 



麻雀エッセイ。題名通り五十本のってる。
こっちはエッセイ。中身は似たようなもの。

どうもこの人の文章の面白いところは、この人のもつ道徳観、倫理観というものが一般人とずれているところにあると思う。
善人でも悪人でもなく、熱血漢でも冷血漢でもなく、大嘘吐きのくせに義を解し、無法者でありながら情を知り、そのくせ仲間を陥れることを屁とも思っていない。
金の亡者でありながら、札束を洟っ紙程度にしか思っていない、という賭博師の矛盾した人格ゆえであろうか、とにかくなにかがずれている。八割がたは理解できるのに、残り二割がずれている。それが作品に深みを与えている……のかなあ。
簡単にいうと変な人なんだな。

相撲取りルールが面白かった。
役がいっさいないの。考えるのが面倒くさいから。で、代わりにドラがやたらいっぱいあるの。で、ドラの数だけで点数決めるの。強烈に頭が悪そうで、とてもお相撲さんらしい。
で、マジでこんなルールでやってんのかな? やってそうだな。考えるのめんどくさそうだし。親方に言われたとおりにやっただけっす。

それなりに面白かった。そして自分がそんなに麻雀は好きでないのを痛感した。






  東一局五十二本場  うな∈(゚◎゚)∋

東一局五十二本場 (角川文庫 緑 459-61)
阿佐田 哲也
角川書店


 



麻雀小説。短編集。
いいかげん飽きたかな、と思っていたが、なんの、これは珠玉の短編集だった。
闘牌よりも、賭博師の末路を描いた話を集めたようで、そこが良かった。

放蕩の末、弟をヤクザに売り、結果弟と心中する孝一も、女房の手術代のために十数年ぶりにしはじめた博打をやめられなくなったダンチも、ばれて逆に利用されているとも知らずに素人イカサマを繰り返し雀荘で野垂れ死んだ茶木先生も、実におろかで、しかし笑えない哀しさがある。

特に最後の茶木先生の話が印象深かった。
小学校の恩師と雀荘で再会、しかもド下手で失笑されカモにされているのにも気づかない状態、というのは、痛い。痛すぎる。
敬礼一つも満足に出来ず校長に怒られる音楽家、と描かれる茶木先生が、どこをどうして雀荘に流れ着くようになったのか、どう想像しても楽しい話じゃない。

毎日金を搾り取られ、借金で首が回らなくなり、いかさまがバレて殴られ、心臓が止まり病院に運ばれ、それでもなお麻雀をやめることができない茶木先生。
「麻雀が不器用で負けてばかりいる間は、音楽家の証拠であるような気がした」という言葉が重い。
授業中に演奏を開始したら悦に入り無我夢中で演奏をしたという彼が、どんな日常生活を送っていたのかは一切かかれていない。
先生が生涯雀荘にまで持ち歩いたヴァイオリンケースを蹴飛ばして終わる幕切れは秀逸。






  黄金の腕  うな

黄金の腕 (角川文庫)
阿佐田 哲也
角川書店


 



短編集。麻雀小説。
こうも立て続けに読むとさすがに飽きるな。
悪くないが取り立てて好きな話はなかった。いつもの。






  ギャンブル党狼派  うな

ギャンブル党狼派 (角川文庫 緑 459-55)
阿佐田 哲也
角川書店


 



いつもの短編集。
全体にただよう微妙なホモくささはなに?


★『スイギン松』
いつもの味わい。まあまあかな。


★『耳の家みみ子』
どうやら当時一番こわいバクチはホンビキらしい。こわこわ。


★『シュウシャインの周坊』
いっちゃんホモくさい。
友達が欲しくて、15のガキを弟子にして、自分一人を頼りにするようにしておきながら、それを平気で陥れ、置いて逃げる主人公の心理に対してはあまり語られていない、というか当然のように書かれているが、いつもこの辺の心理がわからない。
わからないが、説得力はある不思議。
それが作者の素の考えであり、魅力なんだろうな。

困った時には両親だけに迷惑をかけ時には殴りもする周坊が、勝負に負けて主人公を刺し、刺されたほうが「あいつはおれを肉親のように思ってくれているのかな」というラストシーンは、やたらホモくさくてそして泣ける。


★『ズボンで着陸』
かもる側とかもられる側の友情は、奇妙というほかがなく、しかしそういう人間関係が存在するという説得力が、なぜこんなにあるんだろう。
西原理恵子の「まあじゃんほうろうき」における、ハッポン堂や銀玉親方と西原理恵子の関係は、まさにこのかもる側とかもられる側の友情であり、ここでもまた、意外にも西原理恵子が正統に阿佐田哲也とおなじ世界観で作品を描いていると思うと興味深い。


★『人間競馬』
ヒロポンはこわい。とさ。






  ギャンブル人生論  うな

ギャンブル人生論 (角川文庫 (5478))
阿佐田 哲也
角川書店


 



いつものギャンブル系エッセイ。
……かと思いきや途中に創作がまざり、最終的に小説になっていた。わけわからん。
でも面白かった。
さいごの、ダフ屋と競馬ギャンブルのプロの一騎打ちの話は普通に面白い。
しかし、この人のエッセイを読んでいつも思うことは、ムツゴロウさん麻雀に命賭けすぎ。怖いです。いつも出てくるし。ほんとにもう。






  怪しい来客簿(色川武大)  うなぎ

怪しい来客簿 (文春文庫)
色川 武大
文藝春秋


 



連作短編集。
泉鏡花賞受賞作だそうですが、筒井康隆の「夢の木坂分岐点」といいこの作品といい、泉鏡花賞をとるような作品は難しくてよくわからない。
きっとぼくは幻想文学に向いていないのであろう。

さておき結局は阿佐田哲也なので、バクチ抜きのいつものお話といったところ。
まあまあ面白かった話もあった。読んだのがわりと前なので忘れた。






  ヤバ市ヤバ町雀鬼伝1  うな∈(゚◎゚)∋

ヤバ市ヤバ町雀鬼伝 三〇〇分一本勝負―阿佐田哲也コレクション (小学館文庫)
阿佐田 哲也
小学館


 



ギャンブル小説みたいな。連作短編シリーズ。
とある裏の賭博場を中心に、そこに集まる人々の、ギャンブルにまつわる悲喜を描いた作品。要するに、阿佐田哲也のいつものアレ。

面白かったよ。
どいつもこいつも、悪巧みをしたり、一発あててやろうと企んでいるんだけど、そのいずれもが「ああ、もう、それ無理だって。やめろって。ほんとやめとけって……ああ、ほらいわんこっちゃない」と胸がモキュモキュするようなものばかりで、実に手に汗握ります。

特に、学生と家電屋が、夜中の0時から五時間で集められる借金の額を競う『300分1本勝負』
負けのこんでる家電屋が、刑事に化けて別の賭場の金を押収しようとする『さがっちゃ怖いよ』
この二編が、とてもモキュモキュした。

ただまあ、いつもの通りといえばいつものとおりで、同工異曲というか、あれ、このオチ、まえも見たぞ、みたいなのは多くて、阿佐田哲也を読むのが久しぶりだったので、それでも良かったが、冷静になるとちょっとどうかと思うような気がしないでもない。

全体の狂言回し役にあたる、50にそろそろ手の届く伊達男オレンプが、ちょいわる親父でカコヨカッタ。

解説が奥さんで、文章としてはちょっと支離滅裂じみているけど、本当にこの人は旦那が好きだったのだなあ、と微笑ましくはある。

(06/2/4)







  うらおもて人生録  うな

うらおもて人生録 (新潮文庫)
色川 武大
新潮社


 



エッセイ。
阿佐田哲也の名でも知られる著者が、若者に送る言葉をつづったエッセイ。

いいことを言っている。
アウトローな人生を送った時期がある著者ならではの理屈・理論はほかではなかなか見受けられないし、優しさと冷酷さの入り混じった視線はまさに著者独特。
が、どうにも話がループしている気がするし、他作品で語ったことの繰り返しでもある。
これに書いてあるようなことは、ほとんどすべて麻雀放浪記に盛り込まれているのでそちらを読んだ方がいいんじゃなかろうか。クソ面白いし。

(06/11/27)







  百(色川武大)  うなぎ

百 (上) (大活字本シリーズ)
色川 武大
埼玉福祉会


 



文学短編集。
無頼な生き方をしてきた著者の、家族との関わりを描く作品集。

入院した弟との関係を描く ★『連笑』
幻覚を見ながら過ごした青年期と父親との関係を描く ★『ぼくの猿、ぼくの猫』
百歳を前に耄碌をはじめた父親の姿を描く、泉鏡花賞受賞作 ★『百』
家族との軋轢により入院させられた父親の衰え ★『永日』
以上四編収録。

なんとも胸をしめつけられる。
著者独特の人生観なしには描けない作品だ。
家族との距離すら測りかねた著者の視線が、表現の出来ない感情を沸き起こさせる。
特に四十で退役し、以後、就職することもなく五十数年をただ己の律にのみ生きた父親の、身勝手で不器用な姿と、その老いが切ない。

いや、ダメだ、これは言葉に出来んわ。
あまりにも身勝手であまりにもままならずあまりにも理屈にならない感情。
だからこそどこまでも人間。
著者の感慨にも父親の姿にも、言葉も涙も出てこない。
重いとは思わない。暗いとも。ただ胸をしめつけられる。

読み終わって思ったのは、要するに、この人は一生涯「途方に暮れつづけた」のだな、ということだ。
絶望しているわけでもない。波風を立てなかったわけでもない。
ただ、なにをしても、なにを得ても、途方に暮れつづけた。
だから意味もなく笑い、そして人を笑わせた。
彼にとって、すべての世界はあいまいで、答えがなく、だから「仕方がねえなあ」とつぶやいて、ただ途方に暮れつづけた。絶望すらできずに。

「百」を読みながら、なぜ泉鏡花賞を受賞したのだろう?と思ったが、なんのことはない。彼にとって人生の、世界のすべてが曖昧な幻想だったのだ。だから、そこに描かれるすべては幻想文学となる。

本作は、紛れもなく幻想文学の傑作である。

(08/1/17)










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