タイトル | 評価 | 一言メモ |
陽気なギャングが地球を回す | うなぎ | 軽く読んでも気合入れて読んでもいい傑作 |
陽気なギャングの日常と襲撃 | うな | 前作ほどではないが、やはり軽妙洒脱な秀作 |
ラッシュライフ | うなぎ | 構成がたくみすぎて怖い |
死神の精度 | うなぎ | あまりにも完璧にいい話 |
重力ピエロ | うな | 兄弟愛萌え話 |
チルドレン | うなぎ | YIS(やっぱりいさかはすごい) |
★ | うな | ★ |
都会派ギャングサスペンスって書いてあるもん。 ひょんな偶然の積み重なりから、銀行強盗をやることになった四人組。 人の嘘が100%見抜ける冷静沈着なリーダー・成瀬。 成瀬の幼馴染みで、おしゃべりならいくらでもできる天性の詐欺師・響野。 完璧な体内時計と傍若無人なドライビングテクニックを持つ雪子。 人間以外の善動物を愛する天才的なスリ・久遠。 四人の巧妙なチームワークと快活なやり口により、強盗は次々と成功。 しかし、ある銀行強盗の逃走中、車が事故った相手はなんと現金輸送車強盗。 そのまま車と奪った現金をとられてしまうのだが…… 軽妙洒脱にして巧妙至極。 なるほど、これは受けるわ。受けない理由がない。 舞台はどこまでも日本なのに、ユーモアと皮肉の効いた台詞回しは警句に満ちて、それでいてただ純粋におかしいし、肩の力の抜けたストーリーだからこそ、書き手の余裕が深い知性を感じさせ、それがちっとも嫌味でないのだからたいしたものだ。 四人のメインキャラはいずれもちゃんと魅力的で、特に成瀬と響野は台詞や行動のいちいちが面白い。くだらないこと、意味の無いことをいくらでも話せる響野には憧れてしまいますよね〜。 で、メインキャラみならず、脇役の一人一人にまで作者の心配りが及んでいるし、細かいエピソードの一つ一つが気が利いていて、それでいてその細かいどうでもいいような様々なことが、ラストで細かくつながっていくのが、なんとも心憎い構成の妙。 各章の最初に、その章の展開を象徴する単語の意味がかかれているのだが、その用例の最後にまことしやかにくだらないことが書かれているのに感心する。一つや二つならともかく、すべての章でこれをやっているんだから、たいしたものだ。うまいし。この辺のセンスが、なんだか欧米的。いい意味で。 肩の力を抜いて読める、それでいて印象には残る、およそ欠点のない作品だ。 もっと作者の自己主張が強い作風かと思っていたのだが、あくまで物語を主にした作風も好感が持てる。 うーむ、伊坂幸太郎、もちっと読んでみるとするか。 (08/1/7)
都会派ギャングサスペンスなんだってば。 見てのとおり『陽気なギャングが地球を回す』の続編。 前半は四つの短編として発表され、のちにそれを改稿して後半をつけたし長編にしたらしい。 四人のギャングが、それぞれに小さなトラブルに巻き込まれる。 ばらばらだった事件は、ひょんなことから一つの誘拐事件につながっていき…… というもの。 一つ一つのエピソードは相変わらずうまいし、面白い。文句ない。 ただ、後半が多少、無理に長編に仕立て上げた感があって、息切れをしている。 特に章の頭にある一単語によるブラックユーモアにだんだん切れがなくなっていくのが寂しい。 元々、前作が想定外にヒットしたため、急遽執筆した感もあり、全体的に完成度の点で落ちる。 とはいえ、十分に及第点の出来。前作が好きなら当然読むべき。 (08/1/11)
長編の、ミステリーだかサスペンスだか文学だかわからんが、群像劇。 リストラされ、再就職活動四十連敗の中年男は、失意の中でのら犬と拳銃を拾う。 不倫相手の妻を殺そうとしている女医は、死体を拾う。 社会に絶望し、宗教に救いを求めた青年は、教祖の解体に加わる。 プロの泥棒は、失敗続きで焼きがまわる。 まるでバラバラだった人々や出来事が、奇妙なところで絡まりあっていく様子を描いた作品。 よくある群像劇、といってしまえばそれまでなんだが、構成力が半端じゃない。 複雑な構成はよくジグソーパズルに例えられるが、伊坂幸太郎には意地悪な作り手の印象はない。むしろそのパズルを組み立てるプレイヤーのようだ。読者と同じ視点に立ち、パズルを組み立てていく先導者だ。 そしてそのプレイヤーとしての技量は、並大抵のものじゃない。 複雑怪奇なジグソーパズルを、まるで迷うことなくすいすいと組上げていく。 一気に組み立てたりはしない。インチキもしない。 ただ1ピース1ピースを淀みなくはめこんでいく。 どんなジャンルでも、熟練した職人の技巧は観る物を引き込んでいく。 スポーツ選手であれ大工などの職人であれ、卓越した技術はそれだけで理由もなく人をひきつける。それが遊びでもだ。テレビゲームのスーパープレイが見るものをひきつけることもある。 感想としては「すげえ〜」「うめえ〜」これだけだ。 泣けるとか、燃えるとか、萌えるとか、感情移入だとかそういうのじゃない。 ただひたすらに「すげ〜」 これこそが理屈のない、いらない面白さというものだ。 伊坂幸太郎は、小説の世界で、それを成し遂げている。 ただひたすらに上手い。ただひたすらに感心してしまう。だから単純に面白い。 キャラクターの魅力もある。気の利いた警句もある。知的な観察眼もある。 だがそういうものを超越して、ただ「すげ〜」と思わせてしまう構成力。 これだけをもってして伊坂は異常な才能をもったスーパープレイヤーだ。 この話には、驚天動地のどんでん返しはない。 いや、ちゃんとたくさん騙してくれる。読者の丁寧にミスリードしているし、そのミスリードの仕方が軽快で違和感がないから、下手すると読み終わっても騙されていたことに気づかないくらいだ。 ただ、一つ二つのどんでん返しが物語を左右する、そんな話じゃないのだ。 あるべきものがあるべきところにおさまったという、それだけの話なのだが、それゆえに、この物語はもはやなにひとつパーツを動かすことができない。そう思わせるだけの説得力がある。 セリフの一つ一つのうまさ(例えば「人生はみんなアマチュアだ」など)を挙げていったらきりがない。登場人物に「生きて」いない人間が一人もいない。悲劇もある。喜劇もある。どちらでもない話もある。なにもなかった、というだけの話もある。 それらをひっくるめてラッシュライフというタイトルの意味が立ち上がってくる。 しかも、それだけの深みをもちながら、単純娯楽作としての立場を一歩も踏み越えていない。読み終わったらその場で忘れてもいいよ、とすらいいたげな軽さがある。 「おれはただ書いた。どう読むかは勝手だ」 そう云っているようですらある。 文学本来のもつ読み手と書き手の自由さが、ここにある。 軽妙洒脱、という言葉がこれほど似合う人間は、小説界にほかにいないだろう。 真実、洒落ているし、他から一歩脱け出している。 伊坂幸太郎を「つまらない」という人間は、ちょっと想像できない。 群像劇が好きな人、一般人の内面を描いた作品が好きな人、ゲーム『街』が好きな人(井坂作品は『街』の欠点をすべて克服したようなものばかりだ)、時間つぶしがしたい人、なんとなくオシャレに見られたい人、などはとりあえず読んでおくべきだと思う。 まあ、お薦めするまでもなく大人気なんですが。 (08/7/7)
この世界には死神がいて、七日間の調査で人の生死を決めていた。 主人公の千葉はその調査部員。 かれは姿を変え、さまざまな人間の下へ調査に訪れる。 クレーム係の冴えないOL。 義侠に燃える時代後れのヤクザ。 雪山密室の容疑者たち。 美貌を隠して働く青年。 東北への旅路を行く殺人者。 さびれた美容院を切り盛りする老女。 千葉はかれらにどのような決断を下すのか…… みたいな話と思いきや、その生死を決めるところは物語的にはクライマックスではない。 ちゃんと決めることもあるし、あいまいに流すこともある。それでいて、ちゃんとそれぞれの物語は起承転結がある。 このような題材を持ってきておきながら、生死が重要ではないという、その技量が非凡だ。作者がきちんと死神の視点で物語を見れているということだからだ。 解説にあるように、この物語のポイントは、死神という異物の一人称から語られることによって、人間世界が異化されることにある。死神の視点を持つことによって、人間世界のおかしさが浮き彫りにされることだ。 それでいながら、伊坂にはその人間世界を責め、疎んじる批判精神はない。それはかつて少女漫画家の大島弓子が名作『綿の国星』で、子猫の視点を借りて人間世界を異化させながら批判はしなかったのと同質の、偉大な業績だ。 人に疑問をもち、冷徹でいながら、しかし嘲笑はしない。人のそばにいながら人と無限の隔たりを持っている千葉の視点は、すなわち伊坂と現実の距離感そのものだ。その点をもってすでに、伊坂幸太郎は非凡な作家だと云えるだろう。 そのうえで、なお、かれのもつ異常なまでの構成力は通常どおり。細やかな伏線がどこまでも自然に生きてくる展開は変わらず素晴らしい。最終話でいままでの話が生きてくるところなどは連作短編のお手本のような出来だ。 しかし長編に比べると、いささか巧妙さが足りないかな、という気はする。一つ一つの話でちゃんとまとまっているのだから、これ以上を求めるのは酷というものだが。 さらに今回は主人公のキャラクターが立っていて、非常に連作向きだ。このキャラクターだけでいくらでも描いていける魅力がある。 特異な視点をもって世界を眺めているのは前述のとおりだが、死神たちが音楽を愛しているという設定がなんともいえない愛嬌を与えている。 CDショップの視聴コーナーに一日中入りびたり、ラジオを見つければ夜が明けるまでじっと耳を傾け、音楽を聴くためだけに仕事を期限いっぱいまで長引かせる姿はいじましい。 同僚の死神がラジオに耳を傾ける千葉を発見し「あっ、ミュージック!」と叫び、千葉は千葉でラジオをかげに隠すシーンは萌えてしまった。 この音楽好きという詩情が、普段の描写にまで入り込み、冷徹な中にも美しい言葉を自然にもぐりこませている。 キャラクター立ちという意味では、伊坂作品の中でもダントツだ。 死神という、わりと手垢のついた湿っぽいモチーフを使いながら、その技量と視点ゆえにドライでありながら感動的という新たな感覚を与えてくれる、現代の作家が生んだ現代のお伽噺。 映画化もされていて未見だが、どうも細かい設定の変更や演出を見るかぎり、ウェットな感動話になっている気がするので、やはりここは原作をお薦めしていきたい。 (08/10/28)
母がレイプされて生まれた弟は、長じて性的なものを異様に嫌うようになっていた。 遺伝子研究の会社に勤める兄は、周囲で起きる放火事件を調べることになったのだが…… 家族の絆を描く青春小説。 なんか普通の話だった。 伊坂といえばユーモアに満ちた台詞回しと巧緻を尽くした構成力が二大武器であるが、そのうちの構成力を完全に封印していた。なので、台詞回しがうまいだけの普通の話だった。 あまりに普通の話なので「本当に伊坂か?」と読んでる途中で表紙を確認してしまったほどだ。 作者的には、自分の文章力を試したりだとか、ストレートにテーマをぶつけたりだとか、色々思惑があってのこの単純な構成であることはなんとなくわかるんだが、しかし自分が伊坂に引かれるのは異様な上手さであって、彼のパッションや鬱屈にはあんまり興味ないんだってことを再確認した。 つうか、普通にいい話っぽく書くと村上春樹かぶれみたいになるんだなって思った。 もちろん出来自体は良いのだが、いままでの伊坂作品の中では一番印象に残らなかった。長いわりに。あんまりおすすめではないなあ。 が、キャラ萌え的には一番よくできてる気がするし、なんか女性受けが良さそうだ。 『ナイトヘッド』や『スーパーナチュラル』の好きな兄弟萌えの人にもいいかも知れない。 個人的に「伊坂は天才肌だと思われやすい努力家」であることがわかったので、それはそれで良し。
家庭裁判所の変人調査官・陣内の半生を、時間軸をバラバラに描いた連作短編集。 ★バンク 大学生の陣内と友人の鴨居が、銀行強盗に立ち合わせる話 ★チルドレン 家裁での陣内の後輩・武藤が担当することになった少年と奇妙な父親。 ★レトリーバー 大学時代の陣内と、盲目の青年・永瀬と彼女の優子が公園で遭遇した時間停止事件? ★チルドレン2 離婚調整をする武藤に陣内がしたアドバイスは「みんなで俺のライブに来い」 ★イン 大学時代の陣内がデパートの屋上でしていたバイトと唐突殴打事件の真相。 破天荒な人間の半生を、周囲の人間に語らせることによって魅力的に見せるという手法。 落ち着きがなく口が減らず反抗気質で思い込みが激しく楽天的で歌がうまく投げやりで面倒見がよくはた迷惑で奇跡を信じる陣内の人を食った魅力が実によくかけている。この辺は伊坂のキャラ描写の真骨頂だなー。 それぞれの話もストレートに読んでも面白いのに、ひねりすぎない程度に気のきいたオチがついていて、印象に残るしあとあじもよい。 特に『チルドレン2』のラストの鮮やかさ爽やかさにはニンマリとしてしまった。こういうのもいいもんだな。 伊坂のテーマってのは、要するに「神様」なんだろうなー。 読むことの出来ない善意と悪意、偶然と必然、そうした混沌に、ある瞬間ふと、神意としか思えない出来事が成立する一瞬。 その一瞬を、それを呼び起こす人間を書きたいんだろうなー、と。 陣内はそういった意味で、神の象徴なのかも。 いいかげんで気まぐれで自分勝手で、でもどこかで無自覚に人を救ってくれている。 伊坂にとって神っていうのはそういう存在なのかな。 ともあれ、あいかわらず構成も文も上手いし、キャラはみんな魅力的だし、かるいミステリータッチも決まっている。いつも通りの伊坂らしい伊坂にしか書けない良作だった。
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