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川上弘美

タイトル評価一言メモ
蛇を踏むうなぎ作者が異次元人家か!
物語が、はじまるうな上品なフェチ





  蛇を踏む  うなぎ

蛇を踏む (文春文庫)
川上 弘美
文藝春秋





藪で蛇を踏んだら蛇は女になって部屋に住み着いた ★『蛇を踏む』
兄が消えたけど代々そういう家庭だからしょうがない ★『消える』
夜が背中に食い込んだので夜を走り出したら色々変なものに出会う ★『惜夜記』

これは幻想文学ってやつでしょうか?
おそらくすべてがなんらかの暗喩であったり寓話であったりするのかもしれないが、しかし極端な話、この人には世界がこういう風に見えいるんだな、としか受け取れない。
蛇は柔らかいから踏んでもきりがないし、調子によって人は薄くなったり濃くなったりするし、夜は背中に食い込むし、家族は五人でなくてはいけない決まりがあるし、壷はしゃべりだすし、そういう世界にこの人は住んでいるんだろう。

「確かなものはなにもない」とはよくいうが、しかしこの人の不確かさは群を抜いている。
というのも、不確かな世界を描くと、往々にして「主人公」が不確かであるか、あるいは「周りの世界」が不確かであるか、そのどちらかにしかならない。
要するに主人公が一発キメてラリッてるか、それとも社会不適応な主人公には世界が歪んで不確かものに見えるか、そのどちらかだ。

吾妻ひでおの漫画に『夜を歩く』というのがあって、これは漫画家駆け出し時代の、貧しく何者でもなかった時代の心象風景をそのまま描いたようなオチも意味もない作品だ。
『夜を歩く』では、世界はなにかぬちゃぬちゃぶよぶよとしたものであふれ返っており、友人も女もなにもかもが人間外の得体の知れない生物であり、セックスはどろどろとしたものと交わり一緒に反吐を吐く行為で、人体の中には人体以上に大きなでろでろが潜んでいてちょっとした拍子でこぼれ出てしまう、そういう世界だ。
そんな世界の中で、根暗で口下手な青年として描かれる主人公=作者だけが、まっとうな人間の形を保ってさまよっている。主人公は世界に恐怖しているわけでもなく拒絶しているわけでもなく、異常な光景を当たり前のことと受け入れながら、しかしそれらには交われずに鬱々と日々を過ごしている。

というように『夜を歩く』は傑作ではあるが、しかしそこには自我だけは溶かせずにいる。
まあ当たり前だ。奇妙なものを奇妙と感じる自分がいなければ奇妙なものを奇妙だと伝えることは出来ない、はずだ。
しかし川上弘美の作品では、不確かな世界の中で、主人公たちもまた不確かな存在として生きている。
「ねこまねこま」と撫でられればねこまになってしまうし、腕に少女の細胞をはりつけて何度も再生したりするし、蛇を踏んでもきりがないし、イモリにもなってしまう。

読んでいて視点が分からなくなる。だれがこの物語を語っているのか理解できなくなる。それでも物語は成立している。まるで混沌とした物語それ自体が語っているように、すべてが何事もなかったかのように語られる。
なんつうかこう、奇妙な感覚だ。輪郭のない絵を見せられているような、陰影のない映画を見せられているような、落ち着かない感じ。ここには正気とか狂気とか、そういう考えが存在しない。

文の端々からは、古い日本家屋のような、あるいは衣装箪笥の樟脳のような、饐えているが不快ではない独特の臭いが漂っている。
その中でつぶやくように言葉少なに交わされる女たちの会話が、ぞっとするほど色っぽい。エロくなくて、色っぽい。それが怖い。

要するに、この人は素で変態なんだと思った。
以上。

(08/5/31)







  物語が、はじまる  うな

物語が、始まる (中公文庫)
川上 弘美
中央公論新社





人間の雛型を拾ったら育って恋人なんだか息子なんだかわからない感じになった  ★『物語が、始まる』
なんでも食べてどんどんでかくなる謎の座敷トカゲ ★『トカゲ』
よくわかんないけど変な婆さん ★『婆』
父の霊が憑いた姉と先祖伝来の墓を探しに行く ★『墓を探す』
以上四篇収録

人形愛ならこれだよ! と表題作を薦められたのだが、これは人形愛じゃねえ! むしろ妖怪愛だ! と強く主張しておきたい。
さておき、川上弘美はずるい。
文学のメイン層は、結局内気な女子とおっさんだ。
内気な女子に共感を得、おっさんに愛でられる作品は安定感が強い。
川上弘美の作品に漂う振り回され感は、内気な女性たちからしてみれば「私もそう!ふりまわさてれる!」という感じになるし、おっさんからしてみると「なんだせかんだいって嫌がらない、ついてくる可愛いやつ」みたいな印象を与える。
ゆえにエロく、かつ品がある。品のあるエロさをこそ色気というが、川上弘美のしっとりとまとわりつくような、それでいてべとつかない文章は色気の塊だ。おっさんはたまらなかろう。

そういった雰囲気でありながら、作品のストーリー自体はまったくもってホラー。私的詩的ホラー。
自分なりにはいろいろ考えているつもりの主人公が、ぼんやりとしたまま魔界へと踏み入ってうろうろしてる。しかし現実もまたぼんやりととらえている人だから、異界魔界も現実もなにひとつ境目がなく区別がつかないという、そういう話ばっか。
別の世界からきた人間の話を聞かされているような蟲或と恐怖がある。

しかし率直にいってしまうと、ぼくには意味がわからない。
意味がわからないんだ……

(08/12/23)







  タイトル










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