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曽根圭介

タイトル評価一言メモ
うなぎ驚異的完成度のデビュー作





  鼻  うなぎ

鼻 (角川ホラー文庫)
曽根 圭介
角川書店



短編集。


★『鼻』
表題作であり日本ホラー大賞短編賞を受賞した。
これは、うまい。
人々が優良民であるブタと、下層人種であるテングにわかれた日本に生きる、外科医の「私」と、現代日本に生きる凶悪な刑事である「俺」とで視点を交互に移していき、やがて二つの話が交わっていく……というストーリーなのだが。

これは、本当に、うまい。
理解できた瞬間に、二つの物語が完璧にリンクしているのがわかる。
どう語ってもネタバレになりそうで語りにくいのが難点。
なにせ解説でも何度も注意してからネタバレしてるし、つうかうしろのあらすじ紹介でもわりとネタバレ気味w
つうわけで以下わりとネタバレ。

これは「人間はどんな最低の状況でも自己正当化する」という話だ。
強烈な自己正当化のためには、世界を歪んで見ることもいとわない、そんな人間の性の話だ。
本編で描かれるほとんどは、自己正当化のために歪みきってしまった主人公から見る世界であり、それは最後まで正されることはない。
単純なしかけではあるが、堅実に書かれた「私」の世界が狂気であり、軽薄に書かれた「俺」の世界が現実であるなど、文体自体を巧みに使ってるのも見逃せない。
アイデアが凄いのではない。それを必要十分にしてシンプルに仕上げた技量が凄い作品だ。

受賞後に書かれた二作で、その技量がさらにうかがい知れる。


★『受難』
ある日目覚めたら、路地裏で手錠につながれている。助けを呼ぶが、見つけてくれる人は異常者ばかり、というシチュエーションホラー。
映画『SAW』を思わせる設定だが、今作では特に突飛なストーリーやアイデアは用意されていない。飽きさせることなくリアルに感じさせる技量の確かさ、安定感を知ることができる。


★『暴落』
これは傑作。
日本中の個人には株価がつけられ実際に売り買いされている、という設定のSFホラーで、この設定がまず突飛でありながら、現実での評判という意味での「株」と恐ろしいほどに適合していて、実に怖い。
ストーリーは、底辺家庭からの成り上がりエリートである主人公が凋落していく様を描いているのだが、これが展開が早いながらも納得のいく説明ばかりで、主人公が実に共感できるように書いているうえに、とても嫌なやつなのだ。人間、だれでもこれくらいは嫌なやつだよ、実際。

会社の派閥争いに、結婚や友人関係まで、あらゆるものが「株価」で表現される本作の世界は、いうまでもなく現実の似姿だ。だからこそ、主人公の凋落が誇張表現であるとはいえ、とてつもなくリアルなのだ。
株価が底値を割った者が人間でなくなっていく描写は、恐ろしすぎる(おれも株価かぎりなく低いし)
奇妙な状況でがっちりと興味をつかむ冒頭から、簡潔なセリフで、いや簡潔だからこそおそろしいセリフで〆るラストまで、黒い諧謔心に満ちたまさに傑作。


解説で筒井康隆との類似に触れているが、じつにその通り。(というかこの大森望の解説は的確で要点を得すぎていて、おかげで感想が書きにくい。この解説読めばいいじゃんって感じ)
諧謔心もさることながら、深い知性に裏打ちされた冷徹な観察眼。それを笑いと恐怖に変えるサービス心。双方が備わっていてはじめて書ける作品だ。
文章も、決して鮮やかでも饒舌でもない文体だが、アイデアを、ストーリーを活かすために敢えて抑えられた文章だ。

07年に日本ホラー大賞短編賞を受賞すると同時に、江戸川乱歩賞も受賞。
こちらはまったく毛色の違う刑事物だというが、それもむべなるかな。この冷徹な知性と技量があれば、多様な作品を書けるにちがいない。
作者の今後に期待せざるを得ない。

(08/12/7)










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