売れない作家「武智小五郎」が、ある日迷いこんでしまったのは、ありえないはずの明治48年の日本。そこでは彼は名探偵として人々に尊敬される存在だった。 現代に失望し、明治大正時代を好ましく思っていた武智は、この時代こそが自らのいるべき世界だと確信し、名探偵として怪人・恐怖仮面と対決することになるのだが―― んー。 んんんんんんんんんんんんんんんんん。 これねえー。これって評価に迷いますよ。 好きなんだよね、この作品自体は。 この作品でやりたかったこと、なんかすごくよくわかるし、最後のあたりとか、いま読んでも泣ける。 でもねえ、作品としての完成度でいうと、ねえ。 ネタバレしつつ説明してしまうと、現代に倦んでいた主人公が、理想の世界に逃げ込み、そこでなお敗れ、現代に戻ってきて現実の美しさも再認識し、そのうえでなお再び理想の世界を求める、というもの。 傷つきはじき出されてもなお理想の世界を求めてしまう切なさはいい。 なにがまずいかっていうと、そこで表現される理想の世界たる明治48年の日本、 これがちっとも目新しいことがないうえに、べつに魅力的でもなんでもない。 この一点に尽きる。 どうも栗本先生は大正浪漫・明治浪漫とやらにこだわりがあるようなのだが、これ、どうにも彼女の手には余るというか、ありていにいって向いていない、と思うんだよねえ。 おれがあんまりそっち属性がない人だからなのかねえ。 でも、彼女の浪漫系作品は、ほかの作品よりもさらに一段と評価されていない気がするのですよ。 彼女がやる大正浪漫・明治浪漫ってのは、なんだかね、おかまの人が女よりもクネクネしているのと同じで、狙いすぎて不自然なんだなあ。 自分のものにできていないっていうかさ。 だからして、本作のメインとなる明治48年の描写の数々。<br> これは悪く云ってしまえばかったるいの一言。そのくせやたら長い。 だから駄作、と断じられても仕方がないとは思うのだが、 思うのだが…… プロローグとエピローグは好きなんだよねえ。 現実逃避の一つの形とその終焉、未来。 文章の断絶で終わるラストの切れ味のよさ。後味。 これらはなんとも好きなものだから、困ってしまう。 この作品、そもそも舞台のために作られた作品で、彼女の理想であり投影であるのだろうね。肩に力が入りすぎている。 この舞台自体は評判的にも経営的にも大失敗だったはずで、だからここで辞めておいてもらえればねえ、みんな幸せにねえ、なってたかもねえ。 まあ、終わってしまったことは仕方がないさ。 ぼくたちは未来に向かって歩んでいかなきゃならないのだよ。 そして
長編ファンタジー。 あらすじ。 レズ。 グインサーガの舞台となっている中原の、グインとは別の時代を描いた作品。 いがらしゆみこが挿絵を書いているし、少女漫画誌で漫画連載も決まっていたメディアミックス作品。 まあ、レズですよね。 栗本先生の実感のないレズ小説ですよね。 思うにですね、栗本先生のレズ小説って、受の子、ネコ役の子が、いつもぶりっ子お嬢様じゃないですか。 なんでスルッとこんなベタにしてしまうんですかね、いつも。安易。 だから、どうも面白みにかけるというか、なんであんたがレズやってるの?みたいな。 まあ、なんだ。せっかくのグインからの派生作品で、少女漫画誌にも連載され、ファン層を広げられる可能性もあったのに、ここでこんな下手をうつこともないだろうに、と思わざるを得ない、そんな作品。 多分、少女漫画というのが念頭にありすぎて、逆に失敗したんだろうな。 いがらしゆみこってのもまたいけなかったのかもしれない。 いや、いがらし先生の裁判沙汰がいけないとか、そういうのじゃなくて。 いや、あれはよくないことだけどさ。 まあ、読む必要ないんじゃね?
ミュージカル「魔都」を作っていたときに書いていた日記。 それそのもの。 魔都の副読本としてはそれなりに面白い。 初の本格舞台に胸躍らせる梓の気持ちがよくわかります。 けど、魔都の副読本というものが、まず需要が薄いし、はしゃいでいる梓の姿は、のちにこの舞台が巻き起こした惨状を思うと、素直に楽しめないのもまた事実である。 ぼくから云うことはなにもありません。
小説道場の実技篇と称して、栗本薫がJUNE誌上でやったテーマ別短編特集を一冊にしたもの。 ★『恋々淵心中』 時代もので稚児さんで心中。 それ以上のストーリーは特にない。 イケメンだと思っていた義兄が実はとんだキモメンだったというのは薫らしくて面白いが、やっぱりちょっとキモすぎてひく。 強姦して無理心中を純愛と思うのは素人には難しい。 ★『終わりのないラブソング』 のちに大連載となった、なってしまったものの第一話。 この第一話だけだと双葉が投げやりで『翼あるもの』の透っぽくて良い。 ★『逃げ水』 木原敏江の漫画『摩利と新吾』の同人小説。 厄介なことに木原先生自身による挿絵がついているという(笑) 本編の数年後、唯一生き残った春日夢殿は、ある日、摩利と新吾にそっくりの少年に出会い…… ぼくの夢殿先輩はこんなにきもくなんてないやい(ノД`)・゜・。 という気持ちでいっぱいにはなったが、ラストの文章がなかなか泣けるのでそれだけで許せ……るかな、どうだろう。じっくりと考えていきたい。 ★『悪魔大祭』 グインサーガの舞台となる中原の、かなり未来だか過去だかの話。 闇王朝パロスの魔都イシュタルテーで行われた悪魔大祭の一夜を描いた作品。 完全な雰囲気小説。 コナン風の骨太なイメージだけを楽しむ作品で、内容もくそもない。 ここまで本編とリンクさせる気のない外伝も珍しい。 ただ、この文章力だけは素晴らしい。 ★『The End of the World』 『翼あるもの 下巻』の直後を描いた作品。 良の死を知って茫然自失する透と島津さんのSMプレイ。 いろんな意味でもっとも需要を満たしている気がする作品。 吉田秋生の描く透がどう見てもアッシュなところ以外は良い。 ★『解説』 五編の実技に対する解説を行っている。 五編を描き分けたのはもっぱら文体の描きわけを見せるという意味で、ここではさらにいろんな文体の描きわけをちょろっと見せている。 止まらなくなっちゃったといってどんどん増やしていくのが梓らしくて大変良い。 文体を決めた時点で世界観がほとんど決まるということが如実にわかる名講義。 が、よく考えたらこれは文体模写によって「のみ」ジャンルを書きわける変人栗本薫独特のメソッドであって、万人に通用するものかどうか疑わしい気もしてきたw だってこの実技五編を見てわかるとおり、文体が違うだけでストーリーは似たり寄ったりだしw そんな感じで、やってよかったのかやらなかった方がよかったのか、いまいちわからない実技編でした。 |