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畠中 恵

タイトル評価一言メモ
ゆめつげうな読みやすいのにちゃんと江戸





  ゆめつげ  うな

ゆめつげ (角川文庫)
畠中 恵
角川グループパブリッシング





江戸末期、上野で小さな神社の禰宜をしているのんびり屋の兄・弓月と、しっかり者の弟・信行。
弓月には夢の中で過去や未来を見る「夢告」の能力があったが、あまりにも使いづらい能力であったため、あまり信用されていなかった。ところがある大店が、そんな弓月に夢告で行方不明の息子を探して欲しいと依頼してくる。
かるい気持ちで引き受けてでかけた兄弟であったが、辻斬りにあうわ殺人事件が起きるわで事態はとんでもない方向に発展していくのであった……


いや、うまい。
なにがうまいって、人の生活が描けている。簡単にはいうが、これができれば時代小説やファンタジーは書けたも同然だ。逆を云えば、これができなければストーリーがどんなに優れていたところで二流、三流どまりの作品に終わる。
語り口はあくまで軽妙洒脱。漢字は極力ひらかれているし、難しい時代背景などもほとんど説明しない。時代物としてはあまりに軽すぎて拍子抜けするほどだが、しかし「ござるござる」などと云わないでもちゃーんと江戸末期を感じることが出来る。
それは登場人物がきちんと江戸末期の価値観で生きているからだ。

人の価値観は土地や時代で大きく変わる。
一部の特殊な人をのぞき、たいていの人間はその時代・その土地の常識をなんとなくは備えているものだ。その常識=価値観のずれを味わったとき、人は異郷を感じる。
そして、この作品からはしっかりと江戸という異郷の空気があふれ出ているのだ。 金持ちを指して「雨漏りの心配などしたこともないだろう」、出血した人の顔色を指して「一回藍瓶の中に突っ込んだような顔をしている」など、実にささいな言葉の積み重ねが、その時代の常識を感じさせてくれる。
女性作家というのは、こういうところが実にうまい。

文化・風俗を描くにしろ、男性作家はとかくその起源や歴史を語りがちだ。
対して女性作家は、その文化で生きている人間を描く。はっきり云えば、主婦的な井戸端話的に描く。
無論、一流の作家であればどちらかに偏りすぎることはないが、多かれ少なかれこの傾向はある。勉強になるのは前者だが、共感を得られるのは後者だ。
そういう意味では、畠中恵は典型的なまでの女性作家的描き口だ。しかし、わずかながらも江戸末期の歴史背景をストーリーに絡めて語ることで、井戸端会議的な駄話に堕することも防いでいる。このバランス感覚は実に見事だ。
ここまで読みやすく、かつ実感に満ちた江戸時代を描ける作家がほかにいるだろうか?

ストーリー展開も、またうまい。
一章一章ごとに話が二転三転していき、あれよあれよと大事になっていくところも面白いが、一つ一つのエピソードが軽妙で、かつささいなエピソードが後半にしっかり収束していくのがお見事。
前述した通り、江戸末期という時代背景もしっかりとストーリーに絡ませているし、主人公の設定がしっかりとストーリーに絡んでいるのもうまい。
辻斬りに襲われるという導入もスリリングだし、ここでの対極の反応で兄弟のキャラ付けにも成功している。
オカルティックな「夢告」という話のあと、一転して殺人事件が起きてミステリーへと変わるなど、読者を飽きさせない趣向に満ちているし、終盤では鼻白まない程度に感動的なシーンを挿入してくる。

しかしなんといっても主人公の兄弟。このキャラがいい。
のんびり屋の兄としっかり者の弟というよくある設定ながら、兄ののんびり具合には人徳を感じるし、そんな兄の頬をしょっちゅう張っている弟は実にツンデレだ。 「信行! 気楽にぶたないでくれ」という台詞には不覚にもちょっと萌えてしまった。
これだけキャラがたち、使いやすそうなコンビでありながら、あまり続けそうにない終わらせ方をしたのがもったいなく感じるほどだ。

普通によみやすく面白い時代小説というのは案外ないものなので、普通におすすめできる。

(08/12/20)










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